31/10/2021
若い日や、若さを実感できていた日には「健康第一」と思って生きていました。
歳を重ねて自分を含めて、あれこれ”持病”が出てくる年代になったお陰で、必ずしも、健康でなくても良いと、そう思える心境が理解できるようになりました。
お年寄りは、あっち痛いこっち痛いと、よく言われます。
極端になれば、死にたい…とも、幾度も言われます。
それらを言い換えれば、私をかまって欲しい、大事にして欲しい、長生きしたい、と言うメッセージだと理解はしていました。
体の不調は、生き方を振り返り、幸せだと思える暮らしを自分はしているか等の思いが、影響するようです。
多く一般のお年寄りの子供時代は、貧しさとの闘いであり、我慢と努力が当たり前。中には我慢を拒否する選択をした方もいるでしょうが、贅沢や豊かさとは距離があったのではと想えます。
豊かな物質に囲まれる時代からバブルを経て、原発事故が象徴するように、社会も自身の健康にも不安が広がり、身近に迫ってきた今、頼れるものとは何なのかを、真剣に考える、私も高貴高齢者の一人です。
政治は暮らしに密接だとしみじみ思う今日10月31日は、衆議院選挙の投票日。生まれた国を離れて、在外選挙は2年前の参院選から、今回で2度目です。
振り返れば、消費税導入の口実は、来るべき高齢化社会の福祉財源だったはずが、内実は官僚の天下り先の確保へ向かい、保険料の負担増大と福祉削減がまかり通った結果の今の政治が齎した”老後不安”です。
今では本来支払うべき大企業の税金の肩代わりに、庶民から”巻き上げる” 取立てに等しい末端で 負荷された消費税10%の意味は、理解に苦しみます。
今のままの日本が良いなどとは決して思えず、批判票票をわずか1票、されど1票に願いを込めて、在外投票を終えた私は、ひたすら今日の選挙結果を待つだけです。祈る気持ちで・・・