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健康づくり 健康を守り育てるためには、
(1)正しい栄養
(2)適度な運動
(3)十分? 生涯にわたって動くこころとからだをつくり、守るための支援をします。

07/11/2025

心が向かうべきところにのみ向かうことができなくて、余事に移っていくのを、俗に気が散るといいますが、そういう心の状態では何事に向かっても十分にうまく仕事ができません。
明治の文豪幸田露伴は、気が散る癖の根源を考えると、一時に二つ以上のことを考えたり、行ったりすることをたびたび敢えてすることによってそれが癖になってしまう、といっています。食事をしながら新聞を読むということだったり、歩きながらスマホを見るということなどは、誰でもすることですが、実は良くないことなのです。
たとえば職場で何か人に自尊心を傷つけられるようなことがあって、そのために心がそのことをかたときも離れることができなくなっているのに、食事をしたりして、心が食べることにイッパイになったりすることができるでしょうか。一方には食事のことを心に懸けているが、一方には職場であったことに気が散っています。瞬間瞬間に気が彼方へ行ったり、此方へ来たりします。すべてこういうふうに散乱する気を除くことができなくなっているのが私たち凡人の常態でしょう。
何でも、なすべきをなし、なすべからざるをなさぬ、思うべきを思い、思うべからざるを思わぬと決意決行するのは何と難しいことでしょうか。
今自分は何を真っ先にするのが本当かということを見定め、それ以外のことは、一時思い切って捨てるということがあらゆる事柄に取り組む上で一番の秘訣なのでしょう。しかし、口でいえば何でもないことですが、実際のところそれがチャンとできるようになるまでは修行がいることです。たとえば朝起きる、衣服を着る、夜具を畳む、室内を掃除するというように、ひとつひとつを拙くとも心静かに、それら対するものがすべて明らかに心に映るように、全力をもって行うことができれば「鏡浄ければ影おのずから鮮やかなる」の道理で、やがて気が散らずに対することができるようになるわけです。

28/10/2025

コレステロールと聞いたとき、あなたは何を想像なさいますか。「恐ろしい病気をもたらす物質」というように考える人が大半ではないでしょうか。
心筋梗塞などの心臓病での死亡率が急激に増えていますが。その原因を究明していくうちに、動物性食品の過剰摂取により、コレステロール値を上昇させていることが分かりました。
では、そのコレステロールの正体とは一体何なのでしょう。
からだ中に形成される脂肪分であることは誰もが知っているところだと思います。コレステロールの「コレ」とはギリシャ語の「胆汁」を意味します。それはコレステロールが初めて人体から発見された1814年、フランスの医師が胆嚢にできた胆石の中に見いだしたといわれるのが由来です。「ステロス」は「個体」を意味します。つまりこのふたつの言葉がひとつになってコレステロールと名づけられたのです。
コレステロールは心筋梗塞などの病気を誘発する物質ということで、すっかり悪者扱いをされてしまっている感がありますが、はたしてコレステロールは人間にとって不用なものなのでしょうか。その答えは否。コレステロールは肝臓で合成され、血液に混じってからだ中に配分されていきます。それがからだの中で作られているということは、コレステロールが重要な成分であるということにほかなりません。
細胞の中は生体膜という膜で仕切られていますが、その膜を形成するためになくてはならないのがコレステロールなのです。そればかりではありません。男性ホルモンとか、女性ホルモンなど私たちの生命を支えているホルモンもまたコレステロールから作られているのです。
一口にコレステロールいいますが、その種類は三種類あり、動脈の血管壁に沈着しやすいLDLコレステロール、LDLの原料になるVLDLコレステロール、そして、余分なコレステロールを分解するHDLコレステロールがあります。
コレステロールを抑えるためには、動物性脂肪などの摂り過ぎに注意する必要がありますが、すでに見てきたようにコレステロールは過剰であっても過少であってもよくないわけですから、極端に避ける必要はありません。
そして忘れてはいけないのが適度な運動をすること。適度な運動は、HDLコレステロールのいわゆる動脈硬化を防ぐ働きをより活発にさせます。

17/10/2025

わたしたちは、さまざまな基準を用いて物事を判断し、行動します。たとえば、これは自分のものか、そうではないかと分別します。わたしたちは、ときに他人や自分を縛りつけてしまうことがあります。これはわたしのものだと分別することによって、それがあたかも真実であるかのように思い込んでしまい、それが否定されると分断や対立を生み出し、苦しみの原因になります。
わたしたちがふつう自分のものであると思い込んでいるこのからだは、はたして本当に自分のものでしょうか。「わたしのからだ」というときのわたしとからだの関係は、所有するものと所有されるものという単純な関係にあるのでしょうか。所有とは、事物を自分の意のままにコントロールできるということですが、からだは意のままにコントロールできるのでしょうか。意のままにコントロールできることを「随意」、意のままにコントロールできないことを「不随意」といいます。
呼吸については、どうでしょうか。呼吸はもともと不随意的です。睡眠中は無意識に反応しています。一方深呼吸をするときは、明らかに随意的です。呼吸は、どちらか明確には判別できません。
からだの動きについては随意的でしょうか、不随意的でしょうか。歩くとか、坐る、立つといった運動についてはわたしたちはふつう随意的だと考えます。しかし、事実はどうもそうではないようで随意的でもないし、不随意的でもないと考えたほうがいいようです。
阿含経というお経に、
「色はこれ我にあらず。もし色これ我ならば色において病苦の生ずるあらず。また、色において、かくの如くせしめん、かくの如くせざらしめんと欲することあらず。」と書かれています。
ここでいう「色」とはからだのことです。私たちは、自分のからだは自分のものであると思い込んでいますが、それは迷いだというのです。
もしこのからだがほんとうに自分のものであれば、自分の思うままになりそうなものです。ところが、わたしたちは病気になります。病気になるということは、自分のからだが自分の意思でどうにもできないということです。自分の意思でどうにもできないものを、もはや自分のものだとはいえない、というのです。
このように物事を分別することは難しいものです。分別を手放し、ありのままに受け止める態度を大切にしたいものです。

24/09/2025

室町時代、能楽を大成させた世阿弥は、『風姿花伝』」や『花鏡』などの著書を遺しています。その中で芸道はどうあるべきかということについて、
「極め極めては、諸道悉(ことごと)く、寿福増長ならん。道のための嗜(たしな)みには、寿福増長あるべし。」と、その効用を説いています。そのうえで、「寿福のための嗜みには、道まさに廃るべし。道廃らば、寿福おのずから滅すべし。」
と、語っています。
この意味するところは、寿福すなわち幸福はあくまでも芸道の結果としての効用であって、決して幸福を目的として芸道を行ってはならないということです。名声など世俗的な幸福を求めてこれを行えば、芸道のもつ本来の純粋性が失われてしまいます。そこには最初から見返りを期待している我欲があり、そのような不純な動機で行ったのではその本質を汚すことになるばかりか、決してその芸道が発展することはないし、幸福も消滅すると説いているのです。
目的達成の満足は、芸道それ自体のすばらしさを享受することとは全く別です。
あらゆるものが目的達成のための手段と見なされていく現代社会では、目的というものをもっていない行為は価値がないものと見なされ排除されてしまう傾向があります。たとえば、アルコール飲料やタバコなどの嗜好品は健康を損なうおそれがあるという理由で強く排除されてしまいます。
芸能などの活動は、何かのための手段ではなく、純粋にその活動それ自体のためにする活動でなければ、本当に歓びを享受することができません。それは目的の遂行という動機とは全く次元が異なるものです。
ミュージカルなど現代の芸能は明治時代以降欧米のそれを模倣して、わが国に移入されてきたものがほとんどです。しかし、そこに日本伝統の息吹を吹き込まなければ本当に私たちの文化として日本の風土に根づいたことにはならないのではないでしょうか。
海外から日本文化に関心が集まる今、もう一度日本の伝統文化とは何か、問い直してみたいものです。

11/09/2025

1996年イタリアの研究者が猿の脳を調べているとき、たまたまある神経細胞群が活動することを発見しました。その神経細胞群は目で見た他者の行動に対して共感する機能をもっていたのです。このような特性をもつ神経細胞はミラーニューロン(鏡の神経細胞)と名づけられました。ミラーニューロンは人間にもあります。誰かが何かからだを動かすと、その動作を見ている自分の脳内でもその同じ動作に関連する神経細胞が活性化するということです。
たとえば他者の動作を眺めているだけで、できなかったその動作が自分でもできるようになるということがあります。それはミラーニューロンの働きで相手のからだの内側で起きていることが自分のからだの一部であるかのように感じられるようになるからなのです。
ミラーニューロンの働きは、トップアスリートが神がかり的なプレーをするときにも発揮されていると考えられます。トップアスリートは頭でじっくりと考えて判断して動くのではありません。筋力やスピードとかではなく、高い身体的コミュニケーションの力で方向や距離や相手選手の動きなど全部からだに取り込んで反応しているのでしょう。
どうして私たちがそういう能力を獲得したかというと、何万年も前に人類の祖先たちが、生き延びるために、全員がひとつのからだのように集団で行動できる能力を発達させていったからではないかと思います。
ミラーニューロンは、もしかしたら他者の行動に限らず、知覚するものをすべて転写していると考えることはできないでしょうか。他者のからだの内側で起きていることが自分のからだの一部であるかのように感じられるのであれば、もう一足進めればどんな人とでも無意識レベルのコミュニケーションが成立して、心の中の情動に共感することができるようになるかもしれません。
個人のからだの境界を越えて、他者と身体感覚を共有していく技術の有効性が、そのうち科学的に検証されることを期待しましょう。

28/08/2025

能を大成した世阿弥は650年前、室町時代前期の人です。
今は能といいますが、当時は申楽(さるがく)といいました。猿楽とけものへんの猿と表記していることが多いようですが、干支の申です。神楽が能のルーツなのでつくりをとって干支の申です。
世阿弥は「離見の見」という言葉を遺しています。世阿弥はこれを説明して、
舞に目前心後と云う事あり。目を前に見て、心をうしろにおけとなり。
と、いいます。
観客が見るところの演戯者の姿は、演戯者自身にとっての離見です。演戯者の肉眼で見るところは離見の見ではなく、我見です。離見の見で見るところは、観客と同じ心で見るところです。そのとき演戯者は自分自身の姿を客観的に捉えています。自分の姿を客観的に捉えるということは観客の見ている自分の左右前後を見るということです。ところが、前と左右の姿までは見ても、後姿をいまだ知らないということがあり、後姿を覚知しなければ、自分の姿の凡俗なところに気づけるはずもありません。
肉眼で見えないところを覚知して、左右前後を分明に見なさい、と世阿弥はいいます。離見の見を体得して、視覚の及ばないところまで覚知してこそ幽玄の舞が成就するということです。これが心をうしろにおくということではないでしょうか。
また、世阿弥は、離見の見を説明するところで、「擔板感(たんばんかん)」という言葉を記しています。これは『碧巌録』にある「擔板漢」のことで、板をかつぐ男と解されています。一方的な見方しかしない人間を指して禅林で批判的に用いられるものです。
演戯者が自分の左右前後を離見の見で見れば、見ている観客には演戯者のからだが自分のからだの一部であるかのように感じられるわけです。
トップアスリートと呼ばれるアスリートが神がかり的なすばらしいプレーをして観客に感動をもたらすのは、このような能力が活きているのではないでしょうか。
メジャーリーグのイチローが、背走していって振り返ってボールをキャッチできたというのは、たぶん空中から自分のからだを俯瞰的に見下ろすということができたからだと思います。
そのとき選手の身体感覚と観客の身体感覚とが瞬間的にも必然的にもぴたりと一致するのではないかと思います。

14/08/2025

人間が他の動物と違うのは、あらゆるものを生み出す創造力をもっているからでしょう。この優れた創造力の源泉はどこにあるのでしょうか。
仏教経典『華厳経』に、「存在するものは、すべて心の表れである」という言葉があります。
たとえば画家がさまざまな色を使い分けて絵を画くように、心を離れて絵は存在しません。心から思考が生まれ、その思考から組織化する力が生まれ、創造へと導く、その結果一枚の絵が出来上がります。組織化する力が具わっていなければ、何かを創り出すことはできません。ただこの組織化する力は、眉毛のようにあまりにも近すぎるため意識できないだけです。
このように生物は心、すなわち知性を生まれながらにしてもっているのです。
蜂が花粉を集め、蜜をつくるのも、アサギマダラが海を渡るのも、実は彼らを導いているのは知性なのです。
人間のからだについても同じことが言えます。からだの内部環境を一定に保つ複雑な仕組みもすべて組織化する力が自らを表現しているのです。知性は脳の中だけにあるのではありません。私たちのからだのあらゆる細胞の中で活動しています。それは初心に帰って身体の活動をありのままに見ればわかります。たとえば、握り拳をつくろうとすれば、自動的に手が反応します。しかし、そんな簡単な動作でも、そのメカニズムについて説明しようとすれば、神経伝達物質や酵素や神経細胞や筋線維の働きといった生理学の知識を動員してえんえんと説明しなければなりません。
生命のあらゆる活動には組織化する力が内在しているのです。創造力の源泉は私たちの内にあるのであって、他のどこでもありません。私たちの内にある創造力は組織化する力それ自身なのです。

07/08/2025

不安や悩みを抱えたとき、どのように向き合えばいいのでしょうか。
予期せぬことが自分の身に降りかかったら、悲しいし、つらいし、取り乱すのは当たり前のことです。不安を無理に抑えるのではなく、不安を前に進んでいく糧にしましょう。
その方法はとてもシンプルで、自分の中のネガティブな感情に気づくだけです。とはいっても、実際に自分の中のネガティブな感情を自覚するのは難しいと思います。
私たちのからだには自然治癒力が具わっていますが、同じように心にも癒しの力が宿っています。癒しの力は常に私たちの中で働いていることを信じましょう。自分の心のネガティブな感情を受け容れることができた瞬間に、癒しの力は働き始めます。
このことは、蓮の花と泥にたとえられます。蓮の花は泥がなければ美しく咲くことができません。自分の中のネガティブな感情はすなわち泥です。泥を排除する必要はありません。これをどう受け容れるかで心は変化するでしょう。
心が不安になったときには、からだを動かしてみることも大切です。負の感情はからだを動かさないと、断ち切ることが難しいのです。外へ散歩に出かけたり、家の中では、部屋の端から端へと移動するだけでもいいのです。将来の不安や過去の後悔に意識をそらされることなく、現在のこの瞬間に、自分が踏み出す一歩一歩に注意を払うのです。ときどき意識が離れそうになったら、それに気づいて、そっと意識を歩みに戻してください。
物事には、必ず光と陰の面があると思います。どうしても陰の側面しか見えないものですが、自分のからだに対する気づきによって、自分の心のネガティブな感情を受け容れることができれば、光の側面を見つけることができるようになります。たとえば、支えてくれる友人や家族に感謝の気持ちが生まれたり、今まで見過ごしていた自然の美しさを感じたり、肯定的にとらえることです。

24/07/2025

「丹田呼吸法」といわれる呼吸法があります。
丹田とは、お臍(へそ)から指3本分下の位置、もう少し詳しく言うと、お臍と恥骨を結ぶ線の中点から、腰椎5番と仙骨の接合部に引いた線の中心点とされています。丹田は呼吸における重要ポイントです。丹田に力がこもると、自然に上半身の力みがとれて、心身が安定します。
呼吸を調えるということは、剣、禅など、あらゆる芸道において重要です。その芸道の要領をのみこむことを「呼吸を知る」という言葉もあるくらいです。
呼吸は自律神経の支配下にあり、無意識的におこなわれますが、その一方で、自分の意志でコントロールすることもできます。呼吸は、からだと心をつなぐ「懸け橋」なのです。
人間の普通の呼吸回数は一分間におよそ十六回ですが、静坐して、いわゆる丹田呼吸を行うと、熟練者では一分間に二、三回ぐらいになります。
丹田に力がこめられ、腹圧が加えられると、第一に肝臓や脾臓に貯留されている血液が駆出され、全血管に血液を送り込む。その場合、脳中枢に酸素の豊富な新鮮な血液を送る結果、呼吸中枢に作用して呼吸を鎮静化させます。
第二は、腹圧を媒介として、自律神経が刺激されます。自律神経には交感神経系と副交感神経系があり、緊張と弛緩のバランスをとるように調整しています。
呼吸筋である横隔膜がストレッチされると、横隔膜内のセンサーから脳幹の呼吸中枢にインパルスが送られます。呼吸中枢は交感神経系の興奮を適度に抑制して、副交感神経系を亢進させ、精神的な安定と心地よさをもたらします。
また、呼吸は姿勢と密接に関連しています。「骨盤を立てる」といい、背筋をまっすぐにのばし、骨盤を前にわずかに傾けることで丹田に力を入れることが容易になります。
丹田呼吸は、息を細く、長く、ムラなく吐き続けるのがコツになります。丹田呼吸のもうひとつのコツは、呼吸と動きをどれだけ連動させることができるかということです。動作と呼吸が合っていると、心地よい快感が生まれます。テンポのいい動きは、必ず呼吸と連動しているものなのです。呼吸と動きを連動させることは高い集中力を持続させる修練にもなります。

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