片桐航 東京 ホメオパス(日本ホメオパシーセンター杉並方南町)

片桐航 東京 ホメオパス(日本ホメオパシーセンター杉並方南町) オンラインでホメオパシーのコンサルテーションをしています。ご希望の方は先ず電話でご連絡ください。
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火、木〜土曜日 09:30〜17:30 (日・月・水・祝日 定休)

19/04/2026

「負のマイレージ」

深川不動の護摩焚きが始まるの待ちながらこれを書いている。

人は「無理したこと」忘れる。だが、身体は忘れない。心も細胞も、帳簿をつけている。これがいわゆる因果応報ってやつで、どこかで帳尻は合うようにできている。

苦虫を噛み潰したような経験、飲み込めなかった言葉、あの時の悔しさ。寝る間を惜しんで無理を重ねた日々、お腹がいっぱいなのに押し込んだ食べ物。そういうものは、すべて「なかったこと」にはならない。表に出ないだけで、ちゃんと中に沈殿している。まるで古い井戸の底に沈んだ泥みたいにな。

本来まともな身体と心は、その都度ちゃんとリカバリーをかける。疲れたら休む、嫌なら距離を取る、溜め込まずに流す(風邪を引いたりもそういう事)。それが自然のリズムだ。だが、疲れ切った心と身体は、その感覚すら麻痺する。「まあいいか」「このくらい平気だろう」と言いながら、気づけば借金だけが増えていく。これが「負のマイレージ」だ。

貯めた人には、ちゃんと特典がついてくる。病院行きか、墓場行き(笑)。ずいぶんと太っ腹なサービスだが、ありがたくはない。

そんなマイレージを消化する方法がある。過去を振り返って、癒すことだ。ホメオパシーでそれはできる。

言えなかった悲しみを抱え込んだ人は、Nat-mのようなレメディーが必要になることがある。

無理を重ねて、神経をすり減らしながら走り続け、イライラし、休めずにいた人はNux-vが合うことがある。あれは「頑張りすぎた文明人」の象徴みたいなレメディーだ。

恐怖で固まった人、悲しみを閉じ込めた人、無理した人。それぞれ負債の形が違う。だから返し方も違う。

そして大事なのは、これを「過去の話」にしないことだ。今この瞬間も、マイレージは増え続けているかもしれないよ。気づいたその場で返していくこと。それができる人は、そもそも大きく貯まらない。

「負のマイレージ」アプリを起動、そして確認して!(笑)😆

18/04/2026

「なぜ人は不健康な生活を選ぶ?」

ひとの身体と心がもっとも健康な状態は、快でも不快でも、交感神経優位でも副交感神経優位でも無い。これを「憶」の状態と言う。解剖学者の三木成夫はこの様に言っている。

憶とは「暑くも寒くもない、過不足のない状態、つまり温度というものをまったく感じさせない状態をいうのでしょう。~からだはこうした生理条件を最も快適なものとして、それに馴染みきっている。そして、そこから少しでもずれると直ちに、その状態に戻ろうとする。~実際の快楽は憶からずれた状態から憶に戻る途中の過程~に感じるもので、憶の状態そのものは、~暑くも寒くもない、温度の存在を忘れさせるものであります」

これ、さらっと読めるけど、かなり過激な話だ。おいら達は「気持ちいい=ゴール」だと思っているが、実は違う。快というのはゴールではなく「戻っている途中」に感じるものにすぎない。本当に安定している状態は、快ですらない。だ。

そう考えると、日常の見え方が変わってくる。腹ペコで食う飯がうまいのも、冷え切った身体で風呂に入るのが気持ちいいのも、寝不足のあとに眠ると深く落ちるのも、全部同じ構造だ。一度ズレて、そこから戻る。その途中に「快」がある。

じゃあ、みんながしょうもないものを食べたり、寝なかったりするのは何なのか?

半分はこれだ。不快な状態から元に戻る、その途中を味わっている。わざとズレを作っている。谷に落ちて、そこから這い上がるあの感じを、どこかで求めている。

だが、もう半分は少し厄介だ。

現代人は「憶」にいる時間が短すぎる。何も感じない、過不足のない静かな状態にじっとしていられない。静かすぎると、何か足りない気がしてしまう。だから刺激を入れる。食べる、飲む、スマホを見る、無理をする。自分で波を立てて、自分で回収する。

ただ…この遊びには限度がある。浅いズレなら戻れるが、深く落ちると戻る力そのものが弱ってくる。すると「快」にも戻れなくなる。ただの不調が残る。貴女のダンナと息子は大丈夫?

わざわざ乱して快を得るより、「憶」に長くいられる人間の方が強い。何も感じない静けさの中に、そのままいられるかどうか。その静けさに馴染んだ人間だけが、ほんとうに深い快を知る。無理やり作った山と谷じゃない、もっと自然な呼吸みたいなもの。

17/04/2026

「労働を疑う」

多くの人が、疑いもなく前提にしているものがある。それが「週休2日・1日8時間労働」という働き方だ。だが、少し歴史を振り返ればわかる。これは人類の普遍的な生き方ではない。たった一つの時代、たった一つの都合から生まれた仕組みにすぎない。

20世紀初頭、アメリカの工場では巨大な機械を止めずに回し続ける必要があった。そこで考え出されたのが、8時間労働の三交代制だ。8時間 × 3 = 24時間。つまり、人間の生活に合わせたのではなく、機械を止めないために人間の時間を割り振ったのである。

それがやがて「労働者保護の成果」として制度化され、週休2日制と組み合わされ、気がつけば世界のスタンダードになった。だが、冷静に考えると不思議な話だ。工場の都合で作られた時間割が、いまでも知識労働やサービス業、創造的な仕事にまでそのまま適用されている。

日本ではこの構造がさらに極端になった。多くの男性は、人生の大半を仕事に持っていかれる。平日は帰宅が遅く、休日は疲れている。結果として、子どもの教育に関わる時間も少ない。趣味も深まらない。地域社会にもほとんど関与しない。「働くこと」は立派なことだが、人間としての活動のほとんどが削られてしまう働き方になっている。

おいらは20代の頃から、ひとつ決めていた。「週3回しか働かない」。実際にやってみると、週4回が一番しっくりくる。仕事の集中力も落ちないし、丁寧な生活も出来る。だが、社会全体がそのリズムで動いていないので、週に3〜4日休みがあると、妙な感覚になる。まるで早期リタイアした老人のような感じになる(笑:ここでの気付きは友達の重要性)。

しかし本来は逆なのだと思う。人間は仕事だけの存在ではない。

学ぶ時間、考える時間、子どもと過ごす時間、社会に関わる時間、何もせずぼんやりする時間。そういうものがあって初めて、人間は成立する。あるいは幸福になりたければ、これは望むべきものだ。

人類の歴史を振り返ると、そもそもここまで働いている時代の方が珍しい。狩猟採集の時代、人は1日3〜5時間ほどしか働いていなかったと言われている。残りの時間は、休み、語り、歌い、ただ生きていた。農耕の時代に入っても、忙しい季節と暇な季節があり、一年中同じリズムで働き続けるということはなかった。

つまり人間は本来、「毎日同じ時間働き続ける」ようには出来ていない。それが変わったのは、産業革命以降のたった200年ほどの話だ。

AIや技術が進むこれからの時代、本当に考え直すべきなのは「どの仕事が消えるか」ではない。そもそも、こんなに働く必要があるのか?もし労働時間を半分にしたら、人間はもう少し人間らしく生きられるかもしれない。

20世紀に作られた工場の時間割を、21世紀の人間がそのまま信じ続ける必要はないと思う。

おいらは、来るべき「暇な時代」に備えて生きてきた数少ない人間としてもうしている(笑)

追伸:みんな忙しい人は週3日労働なんていいなと思うだろう。しかしながら、人間は時間が出来ると自分に向かい合う事になる。これがなかなかの怪物である。暇の道は険しい(笑)

16/04/2026

「身体を置いてきちゃったよ」

「心を失ってしまった人はほとんどいないが、私たちのほとんどはとっくの昔に身体を失ってしまった」 ケン・ウィルバー

おいらはね、心すらどこかに置き忘れてきた人が、そこら中にいるんじゃないかと思うことがある。まあ、それは少し言い過ぎかもしれないけど、それくらい今の時代は妙な軽さに包まれている。多くの人にとって身体というのは、自分そのものじゃなくて、言うことを聞かない面倒なものになっているんじゃないかな。具合が悪くなれば腹を立てて、押さえ込む。名前はいろいろ違うが、結局は興奮と鎮静を行き来させて黙らせる。それを今は薬と呼んでいる(多くの薬はアドレナリンを誘導アセチルコリンを抑制している。これによって治るのではなく感じなくする)。

身体なんて、水耕栽培みたいなものだと思っている人もいる。栄養を流し込めば勝手に育つだろうと。本気でそう思っているなら、まあ、ずいぶんと雑な話だ。

その一方で、身体のリアルな感覚はどんどん遠ざかっていく。触れること、嗅ぐこと、重さや温度を感じることは、画面の中の疑似体験に置き換わっていく。本来なら身体が現実とつながる場だった炊事や洗濯みたいな営みも、自動化されてながらで済まされる。気がつけば、身体が現実を掴む場所そのものが日常から抜け落ちている。

前にも書いたけど、感覚器が受け取るものは単なる情報じゃない。記号なんかじゃ収まらない、体験そのものだ。どれだけ深く関わるかで、感じる世界の密度も質もまるで変わってくる。

いわゆるスピリチュアルと呼ばれる領域と、どっしりした身体感覚。そのあいだにこそ、本来の静けさがあるはずなんだが、現実はどうだろう。見事なくらい両極だけが切り取られて、肝心のあいだが空っぽになっている。おいらたちはそのことに気づかないまま、今日もどこかリアルを失って生きている。

15/04/2026

「〜以来ずっと調子が悪い」

ホメオパシーをやっていると、どうにも動かないケースに出会うことがある。レメディーは合っているはずだ、選び方も間違っていない、だが反応しない。こういうときに必要になるのがNWSという視点だ。

NWSとは「Never Well Since(〜以来ずっと調子が悪い)」の略である。つまり、ある出来事を境にして、それ以降ずっと状態が崩れたまま回復していない、という構造を指す。これは単なる経過ではなく、「原因と結果が一本の線でつながっている」ことを示す重要な手がかりだ。

ケースが進展しないとき、多くの人はレメディーを変える。もちろんそれも一つの方法だが、根本を外したままいくらレメディーを変えても、反応しないものはしない。むしろ一度立ち止まり、「いつからこうなったのか」に立ち戻る必要がある。そこに鍵があることが多い。

ある5歳の女の子のケース。アトピーととびひを繰り返し、皮膚は常に荒れている。これまでに考えられるレメディーは一通り試されていたが、どれも決定的な変化を起こさなかった。典型的な「動かないケース」だ。

そこで今の症状ではなく、「始まり」を徹底的に聞く。

話を掘っていくと、発症のきっかけが浮かび上がってきた。園の先生がかなり厳しく、野菜を食べられないことで毎日のように叱られていた。その頃から夜泣きと夜驚が始まり、明らかに様子が変わっていった。さらに追い打ちをかけるように、下の子が入院し、家庭内も落ち着かない状態が続いていた。

ここで見えてくるのは、皮膚ではない。恐怖とショックだ。

このケースに対して選ばれたのが Stram(ストロモニウム/シロバナチョウセンアサガオ)だった。結果は明確で、一気に7割ほど改善した。あれだけ動かなかったケースが、だ。

身体というのは、ただ壊れているわけではない。心もまた同じで、出来事を「記憶している」。その記憶が解消されない限り、エネルギーは同じ場所で滞り続ける。皮膚に出ていようが、呼吸器に出ていようが、本質はそこではない。

NWSというのは、「あの時からおかしくなった」という一本の線を見抜く視点だ。その線をつかめば、ケースは動く。外せば、どれだけ正しそうなレメディーでも反応は鈍いままだ。

治療とは、表面を追いかける作業ではない。始まりに戻る作業だ。

14/04/2026

「慢性病とマヤズム」

ホメオパシーでは、慢性病の多くは「マヤズム」が関係していると考えられている。

マヤズムについて簡単に言えば、かつての感染の影響によって、自己治癒力のリズムが長期的に乱されてしまった状態だ。症状そのものではなく、その人の負の反応のパターンとして身体に刻まれてしまったものと言っていい。

だから花粉症でも、アトピーでも、まるで別の病気のように見えるが根っこは同じである。

大きく分けると3つある。

疥癬マヤズム。すべての慢性病の土台になるものだ。皮膚疾患やアレルギーと深く関わり、炎症と痒みというかたちで現れる。キーワードは不足。エネルギーが足りない、満たされない、だから掻く、求める、落ち着かない。虚弱、消耗、そして理由のない不安や恐怖。人が何かに怯え続けているとき、その奥にはだいたいこれがある。

淋病マヤズム。こちらは逆に過剰がテーマになる。イボやポリープのような余計な増殖、粘膜の炎症、粘液の過剰分泌。身体は何かを外に出そうとしているが、同時に溜め込み、増やしすぎる。関節の腫れ、リウマチ、泌尿生殖器の問題。記憶はぼやけ、忘れやすくなる。過剰と停滞が同時に起きる、歪んだ膨張だ。

そして梅毒マヤズム。これは破壊のマヤズムだ。組織を壊し、形を崩し、元に戻らない方向へ進む。潰瘍、骨の変形、神経の問題、そして夜に悪化する症状。キーワードは崩壊と絶望。内側から壊れていくような感覚、行き場のない衝動、自分自身すら破壊したくなるような力。ここまで来ると、単なる体の問題ではなく、その人の存在の深い層に影響を与えている。

面白いのは、これらが単独で存在することは少ないということだ。多くの人は、これらが重なり合い、層のように絡み合っている。ある時は不足として現れ、ある時は過剰として噴き出し、ある時は破壊として姿を見せる。

一般的に病気と呼ばれているものは、実はマヤズムの流れの末端で起こっている現象にすぎない。言い換えれば、それは下流で起きている出来事だ。

川の上流で水が汚れているのに、下流に流れてきた泡や濁りだけをすくって問題は解決したと言っているようなものだ。見えているものは確かに消える。だが、水そのものは変わっていない。

だから、同じ人の中で病名だけが変わっていく。

皮膚の痒みが消えたと思ったら喘息になる。喘息が落ち着いたと思ったら関節に来る。関節が良くなったと思ったら、今度は心の問題として現れる。

これは別の病気ではない。同じ流れが、違う形で現れているだけだ。

マヤズムとは、その繰り返しを生み出している上流の歪みである。ここに手を入れない治療は、どれだけ巧妙であっても、結局は下流の掃除にとどまる。

そして水は、また濁る。

14/04/2026

「調和を取り戻す」

自然療法とは何か?

おいらはずっとこう言っている。「治す」ものじゃない、「中庸に戻す」ものだと。中庸とは、過不足なく、どこにも偏らない状態。その人という存在に本来備わっている調和に、もう一度、静かに戻っていくことだ。

レメディーという言葉も、なかなか示唆に富んでいる。reとmedに分かれるが、辞書を引けばmedはmedical、つまり医療や医学を指す。reは「戻す」「返す」だ。だが「医学に戻す」などという言葉は、どうにも腰が据わらない。

本質はそこじゃない。Re Medium!
中庸へ還す。これが腑に落ちる。

中庸というからには、当然、両端がある。世界はいつも対極でできている。

男性と女性、物質と精神、利己と利他、分析と統合、理性と直感、重力と浮揚、陽と陰。

どちらが正しいか、という話ではない。問題は、どちらかに寄りすぎることだ。

そして、今の日本の生活や社会を見てみるといい。どう見ても片側に傾いている。効率、合理、分析、結果!前へ前へと押し出す力ばかりが幅を利かせている。

だからこそ、もう片方が要る。受け取る力、感じる力、統合する力。いわゆる陰の側だ。

古代中国では、このバランスを非常に繊細に見ていた。創造的な成長のためには、陽よりもやや陰を重んじる。その比率は2:3。ここに人が自然と共にあるための知恵がある。

整えるとは、削ることでも、足すことでもない。偏りをほどき、本来の位置に戻すことだ。これが「調和を取り戻す」ということだ。

12/04/2026

「産まれた曜日に見るその人の性質と体質」

もちろん、これが全ての人にぴたりと当てはまるわけではないが意外と当たる。貴方は何曜日生まれ?おいら金曜生まれ!

日曜日の人
臓器器官は心臓。世界の中心に立ちやすく、リーダー的な資質を持つ。人の前に立つ強さがある一方で、責任や重圧を抱え込みやすい。頑張りすぎると心が曇りやすいので、抑うつには少し注意が必要。

月曜日の人
臓器器官は脳と女性生殖器。記憶力や知性に恵まれやすいが、反対にぼんやりしやすい面として出ることもある。夢見心地で、月の満ち欠けのように揺れやすい。月経周期の乱れや、中毒的なものに引っ張られやすい傾向にも注意。

火曜日の人
臓器器官は血。戦士のような気質を持ち、規律や秩序のある環境に馴染みやすい。体育会系の空気が妙にしっくりくる人もいる。記憶力も強いが、嫌なことまで鮮明に残しやすい。炎症や出血には注意。

水曜日の人
臓器器官は肺と腸。アレルギー疾患との関わりを見やすい。変化こそ人生というタイプで、良くも悪くも同じ場所にとどまりにくい。風のように動き続ける人である。

木曜日の人
臓器器官は肝臓と胆のう。地に足がついていて、現実的に物事を進める力がある。仕事もできるが、その分、無理を重ねてオーバーワークになりやすい。疲れると、見事なくらい機嫌に出ることがある。

金曜日の人
臓器器官は腎臓と膀胱。愛と美を大切にし、ロマンチストな傾向がある。美意識が高く、感性で生きている人も多い。その一方で、美しくないものには案外ざっくりしている。そこがまた人間臭くていい。

土曜日の人
臓器器官は脾臓と骨。縁の下の力持ちで、地道に着々と物事を進める。誰かを支える力に優れているが、その資質ゆえに相手を間違えると踏み台にされやすい。嫉妬深さが出ることもあるので、支える相手はよく見た方がいい。

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11/04/2026

「運命の分かれ道」

後々、これ以上ないほどの影響力を持つ薬剤が20世紀に現れた。一つはペニシリンに代表される抗生物質。そしてもう一つが、ステロイドと呼ばれる合成副腎皮質ホルモンだ。

この二つは、間違いなく人類の命を救ってきた薬だ。ここは否定しようがない。ただ同時に、扱いを誤れば大きな影響を身体に及ぼすものでもある。

特にホルモン剤は、血流に乗って全身に作用する。身体全体のバランスに関わるものだからこそ、その影響の広がりは大きい。まだ完全には解明されていない側面もあるだろう。

本来こういった薬は、命に関わる局面で、一時的に使うからこそ価値がある。日常的に頼り続けるものではない。

それにも関わらず、アレルギーなど慢性的な症状に対して、長期間使われるケースは少なくない。

その違和感を、本能的に、あるいは理性的に感じ取った人たちが、自然療法へと目を向けているのだと思う。

実際に臨床で見ていると、長期間ステロイドを使ってきた人ほど、回復に時間がかかる傾向がある。使ってこなかった人に比べると、その差が大きい。

お母さんがそのときに下した判断が、子どものその先の流れを大きく変えていく。

だから僕はこれを「運命の分かれ道」と呼んでいる。

追伸:
うつ状態になったとき、それを「脳の病気」として外側から扱うのか、それとも「心の問題」としてわたくしごととして向き合うのか。この選択もまた、静かな分かれ道だと思う。

10/04/2026

「母親卒業🎓」

多くの母の話を聞いていて、この方達がたまに、あるいは毎日家族に感じてる心境だと思うので今日は母達に向けて書きたい。

毎日買い物に行って、おいしいものを作って、洗濯をしてアイロンをかけて、たまに面談に行って、親類との関係を整える貴女は「なんとも云えない気分」に陥る瞬間がある。

自分は「家政婦か?」「当たり前だと思ってないか?」

うまいともまずいとも興味も持たず、スマホのついでに無言で食べる息子と旦那にこれを感じているのではないか?

さらに息子からは「なんだよ!野菜ばっかじゃん」と云われた時にはなおさら思うであろう。

ある日息子が「お母さん、いつもおいしいもの作ってくれてありがとう。って言うか、お母さんの子で良かった」という日が来るのは貴女の臨終への最後の言葉だろう。

問題は外にはない。

貴女が変わらなきゃ状況が変わるハズがない。

「感謝しろ~!ギャ~」って怒鳴って、着の身、着のまま、裸足で箱根ロマンスカーに乗ったら状況が変わるかなぁ。

或いは何を作っても同じなら「いっちょ手を抜くか」ってするかね!

貴女がこの状況に対して「今」考えない限りは何も変わらないし、のちのち息子もそんなことに慣れてしまえば自分の嫁に似たような態度だろう。

素直に言葉にするのが一番いいかもしれない。

或いはストライキをするのは?

それに対して誰も困らない状況もあり得るが。。。

そうしたら、それで母親卒業、奥さん卒業で貴女のセカンドライフの始まりかもしれない。

いろんな家を見て日本は「母」が元気で、それに男どもが合わせている事が大事だなと思うのでした。

今の日本の家族は「それぞれの役割」をただ演じてる感があるよ。

母である貴女は「家の事をやる設定」。父も父親である以上「皆を食わせる設定」。子供も子供で「適当な学校行く設定」となっている。

役割が優先する程、貴女はむなしくなるでしょう。

貴女から変わって。

インド政府Ayush省の大規模なホメオパシーの祭典。毎年素晴らしいゲストとスピーチ👍
10/04/2026

インド政府Ayush省の大規模なホメオパシーの祭典。毎年素晴らしいゲストとスピーチ👍

10/04/2026

「不滅のハーネマン」

今日はサミュエル・ハーネマンの誕生日、ワールド・ホメオパシー・デイだ。

ハーネマンは医学を「発明」した人ではない。彼がやったのは、もっと地味で、しかし決定的なこと。自然の中にすでに存在している「法則」を見出した。

病気には法則がある。
症状には意味がある。
人間の身体はバラバラの部品ではなく、全体として反応している。

こうした古典的な視点:
自然界というマクロコスモスと、人間というミクロコスモスが響き合っているという感覚を、彼は医学の中に取り戻した。

そして、その法則を扱う「技術」としてホメオパシーを提示した。

この医学は少し奇妙だ。流行らない(笑)。だが、消えない。

批判され続けている。それでも残り続けている。

なぜか。「効くから」という議論に終わらない。もっと本質的な理由がある。

それは、この医学の前提が、現実の人間に合っているからだ。

人間は単なる物質ではない。
症状はただの不運ではない。
抑え込めばいいものでもない。

むしろ症状とは、身体が発している一つの「言葉」だ(常に病気はエネルギー的な障害であり、症状はその負荷を安全弁の如く、物質化し排出している)。

ハーネマンはこのことを、見抜いていた。だからこそ、症状を抑圧することの危険性を、執拗なまでに警告し続けた。

彼の態度は、不屈だった。時代に迎合することなく、ただ観察し、考え、確かめ続けた。

その確信が、彼の石碑に刻まれた一行に表れている。

「私は無駄には生きなかった」

派手な言葉ではない。
だが、法則を掴んだ人間だけが言える言葉だ。

200年経ってもなお、この医学が消えない理由はここにある。

何かを作ったからではない。自然の側が、彼を通して姿を現した。

そしてそれは、今も変わらず、そこにある。

住所

渋谷区

営業時間

火曜日 09:30 - 17:30
木曜日 09:30 - 17:30
金曜日 09:30 - 17:30
土曜日 09:30 - 17:30

アラート

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