05/12/2025
部屋に入ったときに、ふと何かのにおい(香り)を感じても、数分もすると意識しなくなったという経験はないでしょうか? もしくは自分では気付かない体臭を他の人に指摘されることなど。
これらの現象は嗅覚順応と呼ばれ、嗅覚に慣れが生じて感じにくくなることで起こります。
眠気に関しても同様の慣れが生じます。典型的なケースは睡眠不足の時です。
1日、2日の睡眠不足の場合は昼間に強い眠気を感じますが、睡眠不足が慢性的に続くと眠気をあまり自覚できなくなるのです。
多くの研究から、睡眠不足の時には記憶や作業能力など認知パフォーマンスが大きく低下するのに比較して、眠気の高まりは相対的に弱いことが明らかになっています。
ある実験では、健康な20~30代でも、4時間睡眠を2週間続けると3日間連続(!)で徹夜したときと同じくらい極端にパフォーマンスが低下しますが、眠気は一晩の徹夜程度しか感じないことが示されています。
睡眠時無呼吸症候群も眠気を感じにくい
閉塞(へいそく)性睡眠時無呼吸(睡眠時無呼吸症候群)でも同じようなギャップが生じます。
閉塞性睡眠時無呼吸は文字通り睡眠中に舌や扁桃(へんとう)などで気道が塞がり、呼吸が一時的に止まってしまう病気です。
とても多い病気で、国内では500万~900万人が罹患(りかん)していると推定されています。
呼吸停止で血中酸素濃度が低下すると眠りが浅くなり(時にはごく短時間で覚醒して)、呼吸が回復することを一晩中繰り返します。
その結果、浅い睡眠ばかりが増え、しかも睡眠が頻回に中断するなど睡眠の質が低下してしまいます。
実際、日中に脳波を測定すると、ごく短時間で睡眠状態に入ってしまうなど客観的には眠気が強くなるのですが、患者さんに眠気を自己評価してもらうと脳波検査の結果とは乖離(かいり)して眠気を軽く回答します。
睡眠不足時には、脳の前頭葉機能が低下する
睡眠不足や閉塞性睡眠時無呼吸の他にも、痛みやかゆみなどによる慢性不眠症などさまざまな睡眠障害、うつ病などの精神疾患、治療薬の副作用など、原因を問わず、毎日、慢性的に眠気を感じていると慣れが生じてしまいます。
眠気の慣れのメカニズムはよく分かっていませんが、眠気があることが「普通だ」と勘違いしてしまうだけではなく、睡眠不足時には脳の前頭葉機能が低下するため、自分自身の思考や感覚、行動を客観的に把握し、認識する力(メタ認知)が低下することが関連するのではないか、とも考えられています。
眠気を正確に感知できないことは、日常生活でさまざまなリスクをもたらします。
居眠り運転はその代表です。眠気を感じない、もしくは軽く見積もってしまうと、運転を控える、慎重に運転する、仮眠するなどの対策がとれません。
実際、閉塞性睡眠時無呼吸のある人は、ない人に比べて自動車運転事故のリスクが2倍以上(調査によっては4倍以上)高いと報告されています。
しっかり眠って、眠気の慣れを解消しよう
睡眠不足や睡眠障害は生活習慣病やメンタル疾患、認知症などさまざまな病気のリスクを高めることが広く知られています。
睡眠問題による脳や体への悪影響を知るためのもっとも身近なアラーム(警報)である眠気を感じることができなければ、睡眠習慣の問題に気付き、それを正す機会を失ってしまいます。
眠気の慣れに加えて、週末の寝だめで眠気を一時的に解消し、「なんとかやれている」という感覚になることが危ないのです。
2、3週間でよいので、しっかりと睡眠を取って眠気の慣れを解消してみてください。
そうすれば再び普段の睡眠習慣に戻った際に睡眠不足の有無を自覚できるようになるでしょう。その後、睡眠習慣を改善するかどうかは、皆さん自身に任せられています。(三島和夫 精神科医)