29/10/2025
【TCT2025参加報告】
アメリカ留学中の佐橋勇紀先生よりTCTレポートが届きました。
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2025年10月25~28日にかけて米国サンフランシスコで開催されたTCT2025において、今回初めて設けられた特別セッション「TCT AIラボ」に参加した。TCT自体は、循環器内科領域のインターベンション(PCI / TAVI などの手技)に関わる世界最大の学会である。本セッションは日曜・月曜の丸2日間にわたりTCT内で開催され、カテーテルインターベンション領域に留まらず、循環器病全般におけるAIやAgent model, Digital Cardiologyの最新動向と将来性が議論される、テック系の色彩が濃いイベントであった。
セッションは、すでに論文化されている研究の紹介や研究の背景の深掘り、スタートアップが開発中の最新技術の紹介まで、多岐にわたる内容で構成されていた。
セッションのMain Moderatorは、先日Natureに心電図AI研究を発表(PMID: 40670798)したPierre Eliasであり、Nature論文の紹介から始まった。この研究は、心電図から構造的心疾患や心機能低下を検出するAI、左室壁肥厚を予測するモデルで、数多くの研究施設でのValidationと前向き評価もされている。著者自らが登壇し、研究の詳細を解説した。後述するが関連セッションとして、AIが検出可能だが人間には識別困難な心電図所見を当てるクイズ大会も行われた。従来、左室壁肥厚や心筋虚血などの所見は心電図上に現れるが、大動脈弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症といった疾患は心電図所見に乏しいとされ、こうした「hidden feature / diseases」をAIが学習している可能性を示唆する研究であった。他には、カナダの研究チーム(Robert Avram氏)らがCoronary Angiography画像からLVEFを予測するモデルなどを発表しており、こうしたモデルはすでにHigh Impact Paper(PMID: 37163297)に掲載されているだけではなく、スタートアップ企業としてモデルのDeploymentにも注力しているとのことであった。
こうしたアカデミアサイドからだけではなく、多くのスタートアップ企業が、FDA未承認やリサーチユース段階の最先端技術を発表しており、いくつか興味深いものを紹介する。(なお、広告に抵触しないためにスタートアップ企業の名前は掲載しない)
• TAVI術前計画の自動化: 大動脈弁狭窄症の治療(TAVI)前に必要なCTやエコーの煩雑な計測はかなりの項目を要しており、多くの手作業での処理を要する。この煩雑な処理を、検査を入力するだけでPreliminaryな結果を出力する自動化AIプラットフォームが紹介された。TAVI術前の単なるAIモデルの精度だけでなく、医療従事者が直感的に使用できる優れたUI/UXを備えていたプラットフォームである点が注目された。問題点として、どのようにマネタイズするのかなどスタートアップ企業としてのむずかしさも登壇者自身が語っていた。
• 僧帽弁インターベンション手術支援: カテーテルによる僧帽弁治療において、術中には経食道心エコー画像が必須となるが、心エコー画像で見えている僧帽弁の位置や左心房・左心室との位置関係が透視(シネ)画像とマッチしていない。シネ画像ではどこに左心房があり、僧帽弁とどのような位置関係をしているかは、術者の経験に多く依存している。あるスタートアップ企業では、コンピュータビジョンとAI技術を用いて、リアルタイムにシネ画像中のエコープローブの位置や向きを判断し、エコー機器で表示されている画像から、僧帽弁などの心腔内構造の位置関係を把握し、シネ画像中にが融合させるAIプラットフォームも発表された。
最後に、聴衆参加型のFan Eventとして開催されたものを簡単に紹介する。
現在の技術では、心電図の読影や心エコーのトレーシング、さらにはLLM(大規模言語モデル)によるレポート作成に至るまで、あらゆることにおいてAIが出力することが可能となった。では人間(循環器内科医)もしくはAIが判断を下したもののどちらが優れているのか、または見分けがつくのかはあまりわかっていない点も多い。このセッションでは、AIと人間の診断能力を聴衆が判定するクイズ大会も設けられた。具体的には、大動脈弁狭窄症や僧帽弁不全症を呈している心電図(AIは正解を選んだもの)はどれかを選ぶセッションや、心エコー検査の自動トレーシングを医師とAIの両方が行ったものが提示され聴衆にはどちらの画像が医師が行ったものかを当てさせるものなど、AI技術の現在地と今後の可能性を体感する企画となっていた。
本セッションを通じて、循環器領域におけるAI開発の2つの異なる潮流を感じた。一つは、Nature論文に代表されるアカデミックな研究であり、これらは主にAIの「診断性能」の評価に焦点を当てている。 もう一つは、スタートアップ企業による「プラットフォーム開発」である。彼らはAIアルゴリズムそのものだけでなく、いかにしてそれを実臨床で「利活用」できるかという点、すなわち優れたUI/UXの構築に重点を置いており、実用化に向けた強い意志を感じた。TCT AIラボは、循環器AIの最先端に触れる貴重な機会であった。インターベンションの学会がこのようなセッションを行ったことも興味深い。(セッションの半分以上は特にインターベンションに関連がない発表であったにも関わらずである。)AIが診断プロセスに組み込まれる未来が目前に迫っていること、そしてその実用化には技術的な性能向上だけでなく、臨床現場のニーズに即したプラットフォーム設計が不可欠であることを再認識した。