26/12/2025
【 ヨガとの出会いと私がヨガをする理由 】
数年前(300TTC)のメモ
初めてのヨガは高校生。
1時間の選択制の特別授業。茶道、合気道…
第3希望あたりでヨガになった。
人気がなかった。和室の部屋で。
私はちょっと柔軟な一般学生くらいのレベルだった。
なんとなく1時間 体を動かしたけどストレッチと同じ感覚だった。
LAVAさんの体験レッスンに誘われてホットヨガ。
この時期はライフガードの練習を沢山していたからパワーで押し切った。
本業のデザインの職場と、副業のライフガードとでストレスフルな時期に第三の場所と気分転換の何かが欲しくてジムでヨガを始めてみる。
(このアプローチから今に繋がる)
元気な時もヨガをやってみて、
忙しすぎて過労の時もやってみて、
妊娠中、産後もヨガをやってみて、
1番印象に残るのは鬱から治りたくてやった時。
息を長く吐けないからブラーマリーができない、
混乱しやすくて道具をうまく使えない、
仰向けが怖い、
目から入る情報がすぐキャパオーバーで目を瞑りがちだった。
色々なコンディションの時にヨガの練習をしてみて、どんな状態でもヨガの練習の「何か」はできることが分かった。
実践してみると、肉体面、精神面で良い方向へ舵を切れることが多かった。
「私はいつも心身ともに絶好調!」
ヨガをやる前はそう思う日や期間もあったけど、ヨガをやるとそんな日は稀だと気づいた。
だいたい身体の調子がいい日は実は興奮気味で調子がいいと思い込んでいるだけだったり、人への押し付けや主張が強かったり、
精神面では問題ありだった。
メンタルが落ち込んでいるときは静かに落ち込むときもあれば、自分や他人への攻撃的な気持ちが湧いていたり。
とにかく、今思えば絶好調とはほど遠い。
絶好調の定義も今と昔では全然変わった。
ヨガの練習は多岐に渡っていて、
身体の練習もあれば、精神の練習もある。
身体の練習のなかでも強くエネルギーを扱うものもあれば、静かにしてエネルギーの動きをよく観察するようなものもある。
みんなで集うサンガもあれば、
ひとり座るメディテーションもある。
哲学を学んで生活を振り返って正すこともヨガ。
自分にはいつも何かの練習が必要だと思う。
その欠けているピースにはまる練習がヨガ中を探すと見つかると思っている。
身体の構造的に絶対できないことや無理な練習もあるけど、やれる範囲のことで「なんとなく嫌」「なんだか拒絶してる」ことにヒントが多い気がしていて、
それは練習をやることで理由が見えてきたりする。やってみなければ埋もれてしまっていることが じんわり浮かび上がってくる。
だからヨガの練習はやってみた方がいいし、
やってみて、その先を見てみたい、
というのが私がヨガをする理由の1つ。