認定npo法人 未来といのち

認定npo法人 未来といのち 人間のいなくなった福島第一原発事故避難区域にとり残された「いのち達?

2011年3月11日から、放射能の高い地域で動物の救済をしてきたメンバーが合流し、福島県で生活をしている人の協力を得て、未来といのちを設立しました。私たちの今までの体験を、未来の人たちに、事実の記録として伝えたいと思います。はじめは、放射能の影響から途絶えてしまった福島県の物流状況を知り、食料などの物資を運んだりしていた者もいます。何かできることはないかと現地に出向いた者たちは、人のいない地域で腹を空かしたペットや家畜がさまよう光景をたくさん目にしました。
命あるものを助けたい、少なくとも苦痛から救いたいたいという思いが、メンバーそれぞれの共通した原動力です。
そして、振り返ると、原子力発電所の事故の現場とその周辺には、沢山の忘れてはいけない事実と、沢山の教訓がありました。私たちの活動を通して、それらを多くの人たちにを伝えられたらと願います。そしてこれから何十年もこの放射能の影響があるという現実が続いていきます。その中で小さな命を助けるだけでも、いろいろな事に取り組まなければなりません。一緒に考えてください。

<地震・津波・原発事故から15年>15年前の今、、東日本大震災で福島県浜通りには地震と津波と原発事故の放射能漏れが発生していました。津波の生存者には原発事故のために助けが来ることはありませんでした。山間部では地震の被害がなくても放射能災害で...
11/03/2026

<地震・津波・原発事故から15年>
15年前の今、、東日本大震災で福島県浜通りには地震と津波と原発事故の放射能漏れが発生していました。津波の生存者には原発事故のために助けが来ることはありませんでした。山間部では地震の被害がなくても放射能災害で100年先まで元の生活ができない場所もあります。どうぞ忘れないでください。
亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
二度と同じことが起きませんように。
写真:2011年2月~3月9日:馬場康子、4月:藤田篤男、
    3月~6月:高円寺ニャンダラーズ、NPO未来といのち
文責:認定NPO未来といのち

〈福島活動報告 震災から15年〉地震、津波、原発事故が重なった浜通り。 東京23区の半分の広さに放射能災害が残り被災が続いています。それでも自然は力強く営みを続けています。写真は100年帰れないかもしれない浪江町の山間部です。写真.文責 認...
01/03/2026

〈福島活動報告 震災から15年〉

地震、津波、原発事故が重なった浜通り。 東京23区の半分の広さに放射能災害が残り被災が続いています。

それでも自然は力強く営みを続けています。
写真は100年帰れないかもしれない浪江町の山間部です。

写真.文責 認定NPO未来といのち

<福島活動報告 帰還困難区域       震災から15年>東日本大震災(2011年㋂11日)からもうすぐ15年。福島県の沿岸部は地震、津波、原発事故が重なりました。双葉町海岸(事故の福島第一原発のある町)の日の出です。津波のきた海岸の建物が...
22/02/2026

<福島活動報告 帰還困難区域 
      震災から15年>

東日本大震災(2011年㋂11日)からもうすぐ15年。福島県の沿岸部は地震、津波、原発事故が重なりました。

双葉町海岸(事故の福島第一原発のある町)の日の出です。
津波のきた海岸の建物が残されました。
当時、震災翌日朝から予定された生存者救助は放射能被爆の二次災害を避けるため中止されました。
隣は中間貯蔵施設です。
それでも若い方々が日の出を見に集まっていました。

冷たさと、暖かさ。
様々な様子が隣り合わせです。

写真撮影:認定NPO未来といのち
文責:認定NPO未来といち

<福島活動報告 帰還困難区域       震災から15年>東日本大震災(2011年㋂11日)からもうすぐ15年。福島県の沿岸部は地震、津波、原発事故が重なり、放射能汚染で人が生活をできない地域がまだ残っています。東京都23区の半分ほどの広さ...
07/02/2026

<福島活動報告 帰還困難区域 
      震災から15年>

東日本大震災(2011年㋂11日)からもうすぐ15年。福島県の沿岸部は地震、津波、原発事故が重なり、放射能汚染で人が生活をできない地域がまだ残っています。東京都23区の半分ほどの広さ、故郷で暮らせない人は約2万人です。自然と協調した農業、林業、石材業が中心の山間部と、漁業と農業と2か所の原発や火力発電所のある沿岸部があります。ゆっくりですが人の営みが戻り始めています。除染して居住ができる地区とそうでない地区が混在しています。昨年春から今年の初めの様子を一部おしらせします。様々な様子が隣り合わせで見られます。

写真撮影:小久保雅弘. :藤田篤男、
三木和子、NPO未来といのち
文責:認定NPO未来といち

Home Page 改修中のお知らせ2025年10月よりNPO法人未来といのちのホームページ  miraitoinochi.org  改修中で表示されません。以下から掲載された内容は閲覧できます。ご確認ください。〇WARP(Web Arch...
16/12/2025

Home Page 改修中のお知らせ

2025年10月よりNPO法人未来といのちのホームページ
  miraitoinochi.org  改修中で表示されません。

以下から掲載された内容は閲覧できます。ご確認ください。

〇WARP(Web Archiving Project):国立国会図書館インターネット資料収集保存事業
https://warp.da.ndl.go.jp/waid/30892
『保存したウェブサイト』
    2025年4月分まで閲覧可能です。

〇内閣府NPO法人ポータルサイト/福島県 認定NPO法人 
https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/007000948
(事業・決算報告、10~11期あり)

〇発信中です。
🌸facebook: https://www.facebook.com/mirai.to.inochi
🌸instagram:
①保護猫支援:
https://www.instagram.com/miraitoinochi.neko
②記録の事業:       https://www.instagram.com/miraitoinochi.yamukaze/
🌸You Tube:
https://www.youtube.com/@%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A1YouTube

<福島活動報告 2025年10~11月>原発事故後居住ができないままの※1帰還困難区域が福島県の沿岸に近い山間部にあります。自然のなかで循環型の農業、林業、畜産業、石材業が盛んで優しさにあふれたコミュニティで事故前の人口は1400名の地域で...
15/12/2025

<福島活動報告 2025年10~11月>
原発事故後居住ができないままの※1帰還困難区域が福島県の沿岸に近い山間部にあります。自然のなかで循環型の農業、林業、畜産業、石材業が盛んで優しさにあふれたコミュニティで事故前の人口は1400名の地域でした。いまは復興拠点※2で試験的な農業やイベントの時の伝統芸能の復活がありますが、除染すらできない山里も広がっています。自然と共存する真に豊かな生活が戻る日を住民の方たちもここを知る人たちも願っています。

撮影:
震災前2010年10月~12月:
       馬場康子
2025年10月:三木和子
11月:NPO未来といのち
文責:認定NPO法人未来といのち

簡単な解説です。必要な方はご覧ください。
※1 F1原発事故:2011年3月11日の東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所の事故。津波で全電源を喪失して炉心冷却ができないままF1の4基の原発のうち3基が爆発。
※2 年間積算線量が 20 ミリシーベルトを下回らない、人間が健康に暮らし子育てや生産をするに不安のある地域。2024年4月時点、原発立地のない浪江町の約80%と飯舘村の長泥地区、原発立地の大熊町と双葉町の大半で東京都23区の半分ほどの面積。

<福島活動報告 2025年9~10月 浪江町帰還困難区域の稲作 >   ※1~4 簡単な解説を末尾に作りました。必要な方はご覧ください。〇原発事故※1(2011年3月)の帰還困難区域※2 の中、津島地区での稲作を少しご紹介いたします。   ...
13/10/2025

<福島活動報告 2025年9~10月 浪江町帰還困難区域の稲作 >

※1~4 簡単な解説を末尾に作りました。必要な方はご覧ください。

〇原発事故※1(2011年3月)の帰還困難区域※2 の中、津島地区での稲作を少しご紹介いたします。
           
〇浪江町津島地区は阿武隈高地の中で循環型農業をしていました。自然の恵みと人の温かさが魅力のSDGsのお手本のような地区でしたが原発事故の帰還困難区域になってしまいました。
「100年先まで戻れないかも」、といわれる地区もあります。

それでも除染※3 された 復興拠点※4 という居住や試験的な耕作ができる場所が2024年4月からできて、
住民方は稲作の試験栽培を始めて2回目の収穫です。精米して放射能汚染の程度を調べます。

〇津島地区の実りの秋の様子を、事故前年、事故から約10年、そして毎年1反だけの試験栽培での2回目の収穫に分けて、、一部ですがご紹介します。
なお、津島地区での復興拠点は地域全体面積の1,6%です。

 撮影:震災前2010年9月/震災後2013~2022年:馬場靖子
2025年9~10月:NPO未来といのち
 文責:認定NPO法人未来といのち

<※1~4 参考資料>
※1 F1原発事故:ここでは2011年3月11日の東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所(以下F1)の事故。津波で全電源を喪失して炉心冷却ができないままF1の4基の原発のうち3基が爆発。1基は休止中で爆発は逃れた。4基とも廃炉を目指すも困難な過程の途中。また地震、津波、原発事故という複合災害の情報もない中で多くの人たちがF1から北西の高濃度の放射能が流れた汚染地区に避難した(簡単な概略として各省庁や避難市町村資料より当法人が文章作成)。

※2 帰還困難地域:
2024年4月に残る帰還困難地域は、原発立地のない浪江町の約80%と飯舘村の長泥地区、原発立地の大熊町と双葉町の大半で東京都23区の半分ほどの面積。
事故後6年目でも、年間積算線量が 20 ミリシーベルトを下回らない、人間が健康に暮らし子育てや生産をするに不安のある地域。出入りする道路はバリケードで管理され住民に対して避難の徹底を求めるが、住民の意向に配慮して住民の一時立入りを実施中。他に公益性のある出入りも管理中(2014年制定)。立ち入りは当該市町村や内閣府が許可をして実施される(環境庁と経済産業省webサイトを引用して当法人で平易な言語を使用して概略を作製)。

※3 除染:放射能で汚染された表土をはがして別の場所から運んだ土をかぶせる。建造物は水で洗い流すか布でふきとるなどを人力で行う。剝がした土や汚染物は放射能を遮蔽できるフレコンバックという袋に詰め、付近の仮置き場に集めて大型トラックで中間貯蔵地施設という双葉町と大熊町にある保管場所に運んでいる。その後の処理や詳細など以下参考。
環境省・除染の方法 https://www.env.go.jp/chemi/rhm/current/09-01-03.html

※4 復興拠点(特定復興再生拠点区域):帰還困難区域の一部で除染やインフラ等の整備をして住めるようにした区域。復興再生にむけての拠点とするため。当該の市町村が主体で計画申請をして内閣府が認めた地域。2017年9月より申請開始。
なお、浪江町は「~長い年月を要するとしても、帰還困難区域全域を避難指示解除することを目標と掲げる~」と町の帰還困難区域復興再生計画の一部に記しています。
参考リンク。
復興特別区域制度 | 復興庁 https://www.reconstruction.go.jp/topics/cat-11/sub-cat1-13/ 
特定復興再生拠点区域復興再生計画 浪江町平成29年12月4日
https://www.town.namie.fukushima.jp/uploaded/attachment/7892.pdf

<福島活動報告 2025年9月 被災ペットや家畜も忘れないNo1>〇 帰還困難区域でも自然は季節の営みを繰り返し、9月に入り栗や柿の実が大きくなってきました。樹齢250年の栗の木があります。今年は豊作です。「生活」が消えた里で動物達を見続け...
11/09/2025

<福島活動報告 2025年9月 被災ペットや家畜も忘れないNo1>

〇 帰還困難区域でも自然は季節の営みを繰り返し、9月に入り栗や柿の実が大きくなってきました。
樹齢250年の栗の木があります。今年は豊作です。
「生活」が消えた里で動物達を見続けている大木です。
この樹の知っている事のほんの一部ですが、
避難地域に残されたペットや家畜がいたこと、サバイバルしていたことや、野生動物の様子もお見せします。

〇 一時帰宅の方やボランティアが撮った写真の一部です。
(辛くならない写真のみ掲載)。
何日ぶりで見たのか、、、走っている車に向かって犬と猫が並んで嬉しそうに駆け寄ってきた姿が目に浮かびます。

〇 山間部ではリス、アカテン、タヌキ、キツネ、ハクビシンはよく見かけ、猪やサルの大きい群れもよく見かけました。
アライグマは沿岸部では震災直後から見かけたそうですが、山間部では2014年頃から急に出現した印象です。
飯舘村、浪江町から葛尾村の山間部は「猪が多くて熊はすみ分けて居ない」と言い切る地元の方が多かったのですが、2018年からはツキノワグマが目撃されて1年前ごろから増えています。当法人も雪の上の足跡を見ています。

〇 帰還困難区域では犬は群れになると危険なので保健所も動き、2016年頃からは見かけなくなっています。

〇 現在、復興拠点に人が住み始めてからは、捨てられたのか集まってきたのか、、、再び猫が増えてきました。
何千年も人とともに生きてきた猫には厳しい環境です。

〇 なお、詳しいいきさつや当時の様子は別途お知らせします。
現地ではいくつかの大学や機関で、専門的な研究が行われています。

文責:認定NPO法人未来といのち
写真:高円寺ニャンダラーズ、NPO未来といのち
(避難者から預る写真も保全してご提示しています)

参考:原発事故でできた避難地域のうちいまだ居住できない帰還困難区域の面積は東京23区の約半分。
原発立地の大熊町、双葉町の大半と、原発立地のない浪江町の約80%と飯舘村のごく一部の地域が該当します。

<福島活動報告 2025年5-7月 戻したい景色>〇原発事故でできた帰還困難区域のうち、原発立地のなかった浪江町の山間部の帰還困難区域の様子をお伝えします。地元のかたにお借りした事故前の写真と、別のボランティアの写真家の撮った現在の写真を出...
03/09/2025

<福島活動報告 2025年5-7月 戻したい景色>

〇原発事故でできた帰還困難区域のうち、原発立地のなかった浪江町の山間部の帰還困難区域の様子をお伝えします。地元のかたにお借りした事故前の写真と、別のボランティアの写真家の撮った現在の写真を出させていただきました。生き生きとした地域が変わってしまった様子を見てください。

〇事故原発のある福島県双葉郡の海沿いから阿武隈高地の低い山々が連なって見えます。海沿いから国道を車で15分程走ると帰還困難区域が拡がります。700~800年前から人の歴史があります。固い地盤に冷たい風が吹き農業には厳しい地域でしたが、人々は大自然と共存しながら文明も取り入れて豊かな生活を築いてきました。古くからの農家、入植者、田舎暮らしを楽しむ方々が繋がり、伝統芸能や儀式文化も継承されていました。特に100年帰れないかもしれないといわれている津島地区では1400人の住民が今は2023年にできた復興拠点という集中して放射能を除染した地区(地域全体面積の1.6%)に暮らす20人になりました。

〇 復興拠点では、試験的に耕作も行われて地元の方が集まる機会もできました。今は国道は誰でも通行することができますが、その国道以外は立ち入り禁止で、放射能汚染の影響を受けて住む人のいない景色が拡がります。

〇それでも、たとえ100年かかっても、元のような故郷を取り戻そうと地域の方々は努力をされています。

 写真①~⑦:撮影:馬場靖子/事故前2010年、
 写真⑨~㉑:撮影:小久保雅弘/2025年4~7月
 
 文責:認定NPO法人未来といのち

< 福島活動報告 2025年8月、浪江町帰還困難区域から >放射能の被害は事故原発のある大熊町と双葉町だけではなく原発立地のない隣の浪江町に残っています。浪江町の海岸付近はJR常磐線も通り復興も徐々に進み、2025年4月時点で約2,200人...
27/08/2025

< 福島活動報告 2025年8月、浪江町帰還困難区域から >

放射能の被害は事故原発のある大熊町と双葉町だけではなく原発立地のない隣の浪江町に残っています。
浪江町の海岸付近はJR常磐線も通り復興も徐々に進み、2025年4月時点で約2,200人(震災前は21,500人)が居住をしていますが、山間部は事故時に北西方向に流れた放射能の影響が残り町の面積の約80%が帰還困難区域となり、復興拠点という集中して除染された1-2%の面積以外での居住はできません。

〇大堀地区、津島地区は、14年以上が無人のままで景色も変わってしまいました。
今回はその地区の一部を紹介します。前日に津島地区の復興拠点に泊めていただき朝早くから現地に入れました。ありがとうございました!

〇個々の住民の方々の故郷への思いはとても強いのですが、それだけこの地区は大自然に抱かれ、豊かな生活があった場所です。

  写真・文責: 認定NPO未来といのち

〈福島 猫 活動報告 8月中旬〉浪江町の帰還困難区域で、給食場所に現れた若い猫。保護しました❣️復興拠点にお住まいの10軒ほどで見かけた方に何かもらい、野生動物が来にくいベランダの下などで生き延びました。先週は雨で捕獲器には入らず、1週間あ...
18/08/2025

〈福島 猫 活動報告 8月中旬〉

浪江町の帰還困難区域で、給食場所に現れた若い猫。
保護しました❣️

復興拠点にお住まいの10軒ほどで見かけた方に何かもらい、野生動物が来にくいベランダの下などで生き延びました。

先週は雨で捕獲器には入らず、1週間あまり食べられなかったのか、、
痩せていました。

お尻に野生動物と思う新しい牙の噛み跡がありました、、。
早く保護しないでごめんなさい。

治せそうですが、難しい感染を心配しています。

〈40年間続く飛行機事故の精霊流しに参加致しました〉520名の方がお亡くなりになったJAL123便事故のご遺族が40年間続けていらっしゃる精霊流しに参加させて頂きました(8月11日)。主催の8.12連絡会は東日本大震災や原発事故の被災地にも...
16/08/2025

〈40年間続く飛行機事故の精霊流しに参加致しました〉

520名の方がお亡くなりになったJAL123便事故のご遺族が40年間続けていらっしゃる精霊流しに参加させて頂きました(8月11日)。

主催の8.12連絡会は東日本大震災や原発事故の被災地にも心を寄せてくださっています。2024年に帰還困難区域をご案内させて頂きました。
そして昨年は慰霊登山をさせて頂き、本年は精霊流しに、、。

精霊流しでは、、深い悲しみ、2度と同じ事が起きないようにという強い思いが伝わってきました。
そして原発事故の被災地も、思いは同じかもしれないとも感じました。

「良く考えて」人間だけでなく命が大切にされるために様々な判断ができるよう、、当法人は小さな事しかできませんが、原発事故があった帰還困難区域の記録を残していかなくてはと、、改めて考えます。

文責、写真 認定npo未来といのち

住所

Koriyama-shi, Fukushima

ウェブサイト

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